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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2697号 判決

控訴人

松下保久

被控訴人

東京建物株式会社

右代表者

柴田隆三

右訴訟代理人

海老原元彦

下飯坂常世

広田寿徳

馬瀬隆之

竹内洋

村崎修

奥宮京子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「(一) 原判決を取消す。(二) 被控訴人の昭和六〇年三月二九日に開催された第一六七期定時株主総会における同期利益処分案を承認し、西川英夫、柴田隆三、大髙剛、大石通雄、尾駒明、千崎嘉一、石井正勝、斎藤健治、伊藤靖史を取締役に、中塚庸一、影島利邦を監査役にそれぞれ選任し、並びに退任取締役及び退任監査役に対し退職慰労金を贈呈し、その金額等は取締役については取締役会に、監査役については監査役の協議に一任する旨の決議を取消す。(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(主 張)

一  控訴人

本件決議の行われた株主総会において質問状の質問者は明らかにされなかつたが、これを明らかにしない説明は説明義務に違反するものである。なぜなら、被控訴人の株主総会においては株主が質問をしようとする際必ず名前を明らかにすることを要求し、これを明らかにしないときは説明を拒否するが、このことが合法であるならば、質問状に対する説明でも質問者を明らかにしなければならないはずであるからである。

二  被控訴人

控訴人の右主張のうち、株主総会において質問状の質問者を明らかにしなかつたことは認め、その余は争う。なお、同総会において、議長は発言希望者に氏名を尋ねているが、これは議場整理の便宜上その権限を行使しているものであつて、発言希望者の氏名を議場に告げるためではない。

(証拠関係)

当審記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一当裁判所も控訴人の請求は理由がなく失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり附加訂正するほか原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

(原判決の補正)

1  原判決八丁表四行目の「質問の中で」を「予め提出された質問状について、」と改め、六行目の冒頭に「質問を整理分類して明らかにした」を加え、同行目の「分けて」を削り、同七行目の「詳しさであること」の次に、「、株主の質問は質問状によるものに制限されたものではなく、控訴人ほかの株主から取締役等に対する質問があり、説明が行われたこと」を加える。

2  同七行目の次に改行して「ところで、商法二三七条の三第一項の規定する取締役等の説明義務は総会において説明を求められて始めて生ずるものであることは右規定の文言から明らかであり、右規定の上からは、予め会社に質問状を提出しても、総会で質問をしない限り、取締役等がこれについて説明をしなければならないものではない。ただ、総会の運営を円滑に行うため、予め質問状の提出があつたものについて、総会で改めて質問をまつことなく説明することは総会の運営方法の当否の問題として会社に委ねられているところというべきである。そしてまた、説明の方法について商法は特に規定を設けていないのであつて、要は前記条項の趣旨に照らし、株主が会議の目的事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲の説明であれば足りるのであり、一括説明が直ちに違法となるものではない。更に、たとい一括説明によつては右必要な範囲に不十分な点があつたとすれば、それを補充する説明を求めれば足りることである。」を、同八行目の冒頭に「それゆえ、」を加える。

3  原判決九丁表八行目の「右各証拠」から同九行目の「認められない」までを「議長に控訴人の質問権を侵害する等控訴人が不公正な議事運営として主張する事実があつたことを認めるに足りる証拠はない」と改める。

(控訴人の当審での新たな主張に対する判断)

質問状に対する説明に際し、質問者を明らかにしなかつたことは当事者間に争いないが、質問者がその氏名を明らかにすることの要否と説明の範囲とは異別の問題であるとともに、説明は質問者に対しその求めた事項について行われるのであるから、説明の対象に質問者の氏名が含まれると解すべき余地のないことは明らかである。もつとも、多数の質問状に対し、質問者の氏名を明らかにすることなく一括説明をする場合は、個々の質問者において自己の質問状に対し説明があつたかどうか必ずしも判然としないことが生じ得ないとも限らないが、そのときは前述のように改めて質問するのが相当であり、かつすれば足りることであり、本件において質問状の質問者を明らかにしなかつたことは何ら説明義務を尽さなかつたこととならない。したがつて、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

二以上の次第で、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中永司 裁判官豊島利夫 裁判官笹村將文)

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